本を読むこと

非常に忙しく、自己を見失いそうな日々を生きていると、本というものが持つ強い力に気がつくことができる。

本は、思想であり、文脈である。本の原文を、その流れの中で読むことで、自分の内部では醸成できない思考を取り込むことができる。

それは一時的かもしれないし、恒久的かもしれないが、一時的にでも自身に違う文脈を流し、インストールできるというのは、非常に強力である。

限界瞑想のすゝめ

瞑想をした方がいい頭の状態である。それは分かっていても、本当に頭が混線している時は、瞑想の際の頭の不快感が辛すぎるのが予見できてしまって、中々瞑想できずにずるずると行ってしまう時があります。

そういう際の解決法を最近開発しまして、限界瞑想と名付けました。私は瞑想については全くプロフェッショナルではない、素人であることを断っておきます。限界瞑想は、ちゃんとした瞑想の前の助走として行うなんか限界っぽい感じの瞑想です。どこかで既出だったらすみません。

限界瞑想では、とにかく一旦頭の混乱を落ち着けることに重点を置きます。私の場合、椅子に座っている場合は、頭だけを下にもたげます。ベッドなどの場合は土下座みたいな格好になることもあります。机に伏せることもあります。ね、限界みたいじゃないですか。

頭が下にあると頭(の不快感)に意識が向きやすくなり、雑念をある程度遮断するのが楽になります。そこでただ頭の不快感や可能であれば呼吸に目を向けます。とにかく辛いので、頭を振ったり、呻いたり、少し涙が出ることもあります。ただ、それに何とか10分くらい耐えると、なんとか瞑想はできそうなコンディションになってきます。

あとは瞑想するだけ!

久々に底に辿り着いたよ日記

久々に底に辿り着いた。底、というのはメンタルの底である。

前は2年前の夏くらいだったかな。人生で明確にカウントできるのでは2回目の底なんじゃないか。

一旦2日ほど過眠して、人ともあまり喋らずにYoutube shortsばっかり見て、何とか社会活動には復帰できそうかという状況。

前の底の時も、明確な原因というのは全くない。ただ言えるのはその前に楽しくなって頑張りすぎてしまった時期があり、そのうち’頑張りたいのに頑張れない’という辛さでいっぱいになるというパターン。

 

本当に何もしたくなくて、本すら読めなくて、長いYoutubeも見れなくて、Shortsを見ながら眠くなったら寝落ちする。寝ている時間がひたすらに心地いい。

あとは、前回と違うパターンは、執筆仕事に苦しんでしまっている、というのも近い。執筆に対する感度が上がった結果、自身の執筆に求める視座も高くなり、苦しんでいる。

結局どうすれば良かったのか。今後もっと出力を低い状態で執筆をしていく訓練をしていく必要があるし、結局底から上向くには一旦めちゃくちゃ休む、みたいな事しか言えないのかもしれない。とにかく、今回はShortsを見てしまう事実については自責せずにいれたのは良かったと思う。

とりあえず、今週はお守りを握りしめて生き抜こう。

"やりたくなくてもやる"でやれない人もいる/2023年総括

2023年はとにかく忙しく、飛躍と疲労の年だった。良いこともたくさん起こったし、悪いことや自身の健康の問題もいくつか起こった年だった。

 

2024年の目標は、同じ忙しさであるなら瞑想を定期的に行う事。ペースは瞑想の本などを読んで決めたい。凪を目指していきたいと思う。

 

年末に自身のパーソナリティを見つめなおす機会があった。そして、自身が自分の"自我"をよく認識しないまま生きているので、パーソナリティを見つめなおしすぎるとこれまで漠然と処理していた自身の自我が分からなくなるという問題が起こった。

 

自身の自我を漠然と把握したままでいいのか、についてはまだ今後考えていく必要があるが、やはりこれまでのように"こうなりたい"という他人を指標に置いてそれをなぞらって生きていくことで一旦の応急措置としている。

 

 

2023年の発見として、自身のモチベーション管理については大きな躍進があった。一般的に、やる気が出ないことをやり始めるには"とりあえずやる"というのがとても大切だとされている(側坐核などの働きによる)。

 

一方で、自分はいくらとりあえずやろうと、本能がやりたくないと思っている間はやる気が全く出ない人間であるというのが良く分かった。これに対する対処法が重要で、とにかく"どう始めるか"をイメージする。スモールステップに分解する、なども近いが、とにかく、自分がどうやり始めるかを考える。自分に選ばせる。

 

よく言語化できていないが、とにかくファーストステップに自身の意思や自身の本能を介在させるのが大事なようだ。以下の記事が参考になった。

 

note.com

 

まとめ

1. 2024年は瞑想を習慣づける。

2. 今のところ、パーソナリティは他者を参考としたほうが自分の場合はいい。

3. モチベーションには自身の本能を介在させた方が自分の場合はいい。

エネルギーを節約して生きる

せっかちな人間は、自身のエネルギーをセーブしながら生きるという事をよく検討した方が良い。

自分がせっかちな人間で、夏に脱力感が酷くて初めて、自身のエネルギーをセーブしながら生きていたら、耐えきれていなかった長時間労働にも再び耐えられるようになってきた。

せっかちに成果を出しながら短距離走スタイルで生きるか、コツコツ長く労働しながら成果をあげるかで、この2週間で普通に前者だという感想に至った。

まず、家に帰ってから家事をする気力がある。リングフィットを起動する気力がある。寝る前に読書をする気力がある。いろいろと忙しい職業だけど、これができるかどうかで自分が生き急いでいないかを判断できそう。とにかく、イメージとしては自分の中にある先に進みたい進みたいという意識を捉え、適度にいなしながら閾値を超えないようにする。タイピング、食事、休憩すべてにおいて。

とにかく、7割くらいで、ずっとこの先12時間仕事をし続けることが分かっていてもなんとか乗り切れるくらいのパワー感。

 

 

瞑想をする際にもっとアプリを使おう

私は瞑想が効くタイプで、疲れすぎて頭が回らなくなってきたり、休日なのにやらなければならない事を考えてしまう時に瞑想をするとかなり良い。

普段はベッドの上などで、アプリを使わずに呼吸に目を向けるといった形で瞑想を行う場合が多いが、今回久しぶりに瞑想のアプリ(最近はRussellMEというアプリを使用している)を使ったところ、瞑想のしやすさが段違いだった。

 

瞑想するにはある程度の集中力が必要だと思う。呼吸に集中を向けるのが自分には難しく、中々長続きしない。アプリの良いところは、集中させてくれるBGMと丁度良い塩梅での声掛けにより、自分が強く意識しなくても、自然と呼吸に集中できる仕組みだ。面倒くさがらずアプリを使った方が瞑想後の頭の感覚も違う気がする。

 

アプリの話は以上で終わるが、やはり瞑想をすると、脳があちこちのタスクを引っ張り出してきてそれを思案する状態(モンキーマインドと呼ばれる)は、一種の脳の状態であり、それは瞑想で”戻せる”のだなという気付きがある。

自分は疲れて疲れてどうしようもなくなってきて初めて瞑想に向かうが、毎日の朝に瞑想を組み込めたら良いと思う。大変さを癒すだけでなく、休日に読書なに没頭したいときも、余計な事を考えづらくなるから助かる。

ここ一週間の異常な眠気

ここ一週間(6/14~)の眠気がすごい。

もともとよく眠る人間だが、帰って夜ご飯を食べてからスマホをいじる元気すら無く、一睡してからでないと風呂にも入れない。今日も倒れ込むように寝て、オンラインのミーティングの開始時刻までぎりぎり10時間寝たが、普通に眠い。

いつの時期もこういったどうにも眠い時期はあった気がするが、とくに前兆もなく急に疲れ出したので少し不安だ。

去年は、フルオンラインの状況でこれを若干無視しながら生活した結果、内科に一回かかっただけで確定の病名ではないが、夏バテにパニック障害のような自律神経失調症を発症して満足に労働も出来ず辛かった。

今は不安になるほど寝て、しっかり疲れを癒すしかないと思うほかない。人の少ない温泉に行きたい。